犬の毛色と交配の規則の真偽①


犬の繁殖には様々な規定があります。その中に、毛色についての条件も含まれています。それは、長年のブリーディングによって得られた経験上の注意をもとにしているのかもしれません。遺伝学を考えた科学的な根拠があるかもしれません。しかし、世の中に流れる俗説の中には事実無根のものやいつのまにか認識が変化してしまったようなものもあります。これらはどこまでが本当でどこからが噂にとどまるのでしょうか。それらの矛盾を考えていきます。

⚠この記事はチョコレート同士の交配を行っているブリーダーや個人の方を批判するものではありません。私的な意見も書いておりますが、全てのブリーダーの方に当てはまると考えているのではありません。また、この記事の内容に当てはまるか当てはまらないかだけでブリーダーの良し悪しや子犬の質を判断できるものでもありません。ご了承ください。

■チョコレート×チョコレート

チョコレートにはチワワやダックスフンドの人気毛色であるチョコレート&タンを初めとして、チョコレート、チョコレート&ホワイト、チョコレートトライカラー、チョコレートフォーン、チョコレートマールなど、様々な毛色が存在します。また、チョコレート遺伝子を持つ犬種もプードル、チワワ、ダックスフンド、ポメラニアン、ラブラドール・レトリーバー、ドーベルマンなど様々です。これらの内、チワワやダックスフンドにおいてよく「チョコレート×チョコレート」の交配はよくないと言われています。

これは本当なのでしょうか?

そもそもチョコレートはB遺伝子がbbとなることによって発現します。チョコレートを発現させる遺伝子は1種類ではなく、異なる種類でもホモ接合ならチョコレートになりますが、どの遺伝子を持つかは犬種などによって異なります。チョコレートの犬がブラックの犬と異なることは、色素です。ブラックとチョコレートはメラニンの量ではなくユーメラニンの色が異なります。一代限りのチョコレートの犬がチョコレートであるという理由で寿命が短い、または病気になりやすいということは一般的な認識ではありません。では、何代もチョコレートを掛け合わせるとどうなるのでしょうか。チョコレートが一般的な毛色である犬種というのはとてもたくさんあります。例えば、ワイマラナー、チェサピーク・ベイ・レトリーバー、スモール・ミュンスターレンダー、ジャーマン・ポインター(4犬種)、ジャーマン・スパニエルなどがあります。これらはB遺伝子座が例外を除き劣性ホモ接合である犬種です。これらは何代もチョコレート同士を掛け合わせているにも関わらず、もちろん大きさが違ったり、犬種特有の遺伝性疾患があったり、その他の要因で寿命が短い場合があったりするので一概には言えませんが、他の犬種と比べて特別寿命が短いなどということは聞いたことがありません。また、チワワやダックスフンドにおいてはチョコレート同士は交配は良くないと言われているのにも関わらず、B遺伝子座は同じ遺伝子を持つプードルのブラウンにおいては同じ毛色での交配が推奨されています。(ブラックとの交配も良いという意見もあります。)

しかし、チョコレート色のラブラドール・レトリーバーは寿命が短いという話は聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。(下にその研究結果と考察を示した記事があります。)

Why chocolate labs may have shorter lifespans than other retrievers (nationalgeographic.com)

この研究ではチョコレートのラブラドール・レトリーバーはブラックとイエローのラブラドール・レトリーバーに比べて10%以上も短命であることが分かりました。ただし、これはチョコレートを生み出すメカニズムにあるという考察が書かれています。チョコレートの子犬を確実に得ようと思うのならば、チョコレート同士を交配しなければなりません。もちろん、チョコレート同士を交配してもチョコレートの子犬が1匹も生まれないこともあります。(全てチョコレート因子のイエローになった場合)しかし、その可能性は極めて低いです。そのため、チョコレートのラブラドール・レトリーバーを生み出したいブリーダーはチョコレートばかりを掛け合わせます。しかし、自分の犬舎にいるチョコレートの犬も、外交配をするにも数に限りがあります。チョコレートのラブラドール・レトリーバーは他の毛色のラブラドール・レトリーバーに比べて希少なので、なおさら交配に使う個体は減ります。その結果近親交配が起こりやすくなり、遺伝性疾患が発現しやすくなるという仕組みです。(遺伝性疾患は劣性遺伝子の毛色発現するから発現しやすいのではありません。劣性遺伝子をできるだけ早い世代で、数多く発現させようとするために近親交配が起こり、発現しやすくなるのです。)カラーブリーディングを積極的に行うことによって、結果的に近親交配が起きることが危惧される、というわけです。逆に、上記のようなブラックなど他の毛色がないまたは大多数でない場合(イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルなど)、何世代もチョコレート同士を交配するとしても、チョコレートの個体はたくさんいるため、近親交配が起こりにくいと考えられます。

ここからは主にこの説が適用されていると考えられるチワワとダックスフンドに絞って考えます。チョコレート同士の交配は良くないという説が生まれてから既に何年も経っています。一般の飼い主などもこれを知っている人は少なくありません。もしブリーダーがインターネットで検索すればすぐにヒットする情報なので、犬舎にチョコレートの個体が少なくて、犬の健全性を一番に考えるチワワやダックスフンドのブリーダーならば、チョコレート同士の交配を何代も続けるのをやめるでしょう。もちろん、その時点でチョコレートの個体ばかりが犬舎にいる場合で新たに多くの親犬を増やすのが難しい場合、下手に1頭だけブラックの個体を入れたりすると近親交配の可能性はさらに高まるので良くないでしょう。しかし、この情報を知っていて、それでもチョコレート同士の交配を続けるというのはカラーブリーディングをしているということで、もし近親交配をしたり、遺伝子検査をしていなかったりすれば、犬の健全性を第一に考えていないということの表れでもあります。

ただ、ここで注意が必要なのは、この説を知っていてチョコレート同士の交配を続けるブリーダー全てが犬の健全性を考慮していないというわけではありません。先程も書きましたが、どうしても犬舎にチョコレートの個体しかいない場合や遺伝学を学び、チョコレート同士の交配自体が健康問題を起こすのではないの知っている場合、どうしても優れたチョコレートの個体を生み出したくて、積極的に犬舎の外の血を取り入れながらブリーディングしている場合などです。あくまで私の意見ですが、これらのブリーダーが遺伝子検査もして、近親交配も避けているのであれば、咎めるところはないと思います。

しかし、このようなブリーダーがどれだけいるかと言われたら、あまり多くはないでしょう。個人経営のようなペットショップならば、知り合いやつながりのあるブリーダーから子犬を仕入れている場合もあると思います。そのため特にバックヤードブリーダーやパピーミルと言われる繁殖業者においては上記の説はより当てはまり、ペットショップなどブリーダーの状況が分からないところで購入した犬に関しては、ブリーダーが健全性をどのように考えていたかを知る1つの手がかりとなるのかもしれません。

どちらにしろ遺伝子検査を行い、近親交配を行わないというこれら2つの条件を満たしているのが先決であると考えられます。

■結論

上記のことを考えると「チョコレート×チョコレートは良くない」という説は半分正解、半分間違いであると言えると思います。

チョコレート×チョコレートの交配が直接犬の身体に大きな悪影響を与える訳ではないが、「特にブラックやセーブルなど優性の毛色が同じ犬種内に存在し、チョコレートの犬の割合が低い場合」チョコレート同士を交配し続けることは近親交配につながり健康問題が発生する可能性が高まる。また、遺伝的な仕組みを理解していないが、チョコレート同士の交配をするのは良くないという説を知りながら、近親交配や遺伝性疾患の発現を顧みずこの交配を続けるブリーダーは犬の健全性を第一に考えていない可能性がある。

という結論としたいと思います。

■まとめ

チョコレート同士の交配は何世代も続くと良くないという意見は多いです。ただ、それが実際のブリーディング経験によるものなのか、遺伝学から考えたものなのか、よく知らないという人が多いかと思います。例えば1代限りのチョコレート同士の交配や、チョコレートが一般的な犬種でのチョコレート同士の交配などに関しては、少なくともこの説は当てはまらないと思います。チワワやダックスフンドにおいて何世代もチョコレートばかりを交配している場合、血統書を遡るなどして近親交配がないか確認するのも良いと思いますが、近親交配というのは必ずしもカラーブリーディングにおいてのみ起こることではないのでブリーダーを見極め、遺伝子検査を行っていたり、定期的に外交配や海外から親犬を輸入していたりする犬舎を選ぶ方が、健全性という意味では良いでしょう。

もしブラックの個体を交配に使い、チョコレート同士の交配を避けているとしても、犬舎の環境が悪かったり、遺伝子検査をしていなかったり、無理な繁殖を行っているブリーダーもいるでしょう。チョコレート同士の交配は、同犬舎に他の毛色の個体もいるのに何代も続いている場合に気にかけておき、ブリーダーや子犬を選ぶときにそれを最優先事項とはしない、というくらいの認識で良いのではないかと思います。