その美しい大理石模様の虜になる人も多いというマール。しかし、一方では身体の様々な部分に障害をもたらすこともある諸刃の剣ともいえる毛色です。マールによって発生する毛色は1種類ではなく、まだ分かっていないこともあります。そんなマールの遺伝子とそれによって発生する毛色の名前について紹介します。
■マールの遺伝子
マールの対立遺伝子には細かく分けると、m, Mc, Mc+, Ma, Ma+, M, Mhの7種類あります。
これは、M遺伝子座が存在するSILV遺伝子(別名PMEL)におけるSINE挿入の長さによって決まります。
mはマールなし、Mc, Mc+, Ma, Ma+, M, Mhはマールありとなる遺伝子です。
Mc, Mc+, Ma, Ma+, M, Mhの違いはSINE挿入の長さ、すなわち「マールの強さ」であると言えます。Mcが最も影響が弱く、Mhが最も影響が強いです。
この7種類の遺伝子の組み合わせは理論上28種類存在しますが、SINE挿入の長さは同じ遺伝子の中でも様々で個体差も大きく一概には言えないため、大まかなよく見られる特徴のみを記載します。
McとMc+は「クリプティックマール」と呼ばれ、毛色にほとんど影響を及ぼしません。身体の一部分だけにマールの模様が発生した毛色を「クリプティックマール」や「クリプティックブルー」と呼ぶことがありますが、その個体の対立遺伝子がMc/mやMc+/mであることは少ないと考えられます。(詳細はモザイクの記事を参照してください。)McやMc+を2つ持つとわずかに被毛の退色がみられることがあります。Mcのみ、他のマールの個体との交配のリスクが低いと言われています。
MaとMa+は「アティピカルマール」と呼ばれ、毛色を薄めたり、小さな暗い色の斑と薄い(たいていの場合)地の色の模様を作ります。場合によってはほとんど影響を及ぼさない遺伝子です。MaやMa+を2つ持ったりMcやMc+とのヘテロ接合になると、より影響が大きくなります。毛色が薄くなっただけの場合はダイリューションによるものやウルフカラーと見分けられないこともあります。(ブルーやイザベラなどのダイリューションカラーはブラックポイントを見ることで基本的に判別可能です。)
Mは「(スタンダード)マール」とも呼ばれ、「クラシックマール」とも呼ばれるごく一般的なマールの薄い色の地に大きな濃い色の斑と言う模様を作ります。
Mhは「ハーレクインマール」と呼ばれ、最も影響が強い遺伝子です。通常のマールの場合の薄い色の部分にさらに薄い色や白が混じった、「(ハーディング)ハーレクイン」や「ツイード」と言う模様を作り出します。さらに薄いダブルマールの個体は難聴などのリスクが高いと言われていますが、ハーレクインマールの場合、シングルマールでも難聴や小眼球症などのリスクが高いと言われます。モザイクが起こった場合に次世代への悪影響が最も大きく、また、モザイクではない毛色としての「クリプティックマール(ミニマルマール)」を引き起こすことがあり、どちらにしても繁殖時には遺伝子検査を行うことが大切だと思われます。
■マールの毛色の名前と用語
ここまで対立遺伝子の名前「クリプティックマール」「アティピカルマール」「(スタンダード)マール」「ハーレクインマール」を紹介しましたが、毛色の名前として一般的に言われる呼び方を紹介します。
・「クリプティックマール」または「ミニマルマール」:身体の一部分だけにマールの模様が発生した毛色で主にモザイクによって発生します。一般的な名称は「クリプティックマール」ですが遺伝子の種類の一つである「クリプティックマール」とそれに伴って発生する毛色(通常はマールなし)と区別するためか「ミニマルマール」と呼ばれることもあります。ブルーマールのクリプティックマールは「クリプティックブルー」と呼ばれます。
・「アティピカルマール」:マール遺伝子によって退色した毛色です(斑はないか目立ちません)。シェットランド・シープドッグにおける「マルチーズブルー」と呼ばれるものはこの毛色です。
・「マール」または「クラシックマール」:主にM/mと言うヘテロ接合によって発生する一般的なマールの毛色です。大きな濃い色の斑が薄い色の地に散らばった、大理石のような模様です。
・「ハーレクイン」または「ハーディングハーレクイン」:通常のマールに白の斑(ホワイトスポッティングによるものではない)が混じった毛色です。グレート・デーンにおける「ハーレクイン」はマール遺伝子のモディファイヤーであるハーレクイン遺伝子(H遺伝子座)によって起こるものであり、ここで言う「ハーレクイン」とは異なります。また、ボースロンにおける「ハーレクイン」はクラシックマールのことであり、こちらも同様にここで言う「ハーレクイン」とは異なります。
・「ツイード」または「パッチワーク」:通常のマールにタンポイントやS遺伝子による白斑を除く一色以上の異なる色が何ヵ所か混じった毛色で主にM/Maによって発生します。マール遺伝子によるホワイトが広範囲に加わると「ハーレクイン」または「ハーディングハーレクイン」に分類されます。
・「ダイリュートスポット」:マールの斑の中に混ざっている少数(通常1~2個)の希釈された斑のことです。この数が多く、分散して存在する場合、ハーレクインやツイードに分類されます。
・「ヒドゥンマール」または「マスクドマール」:主にeeレッドやクリアセーブルなどによって、マール遺伝子を持っているにも関わらず見た目にはほとんど分からない毛色です。マールであると知らずに交配し、ダブルマールを生み出す危険があるため慎重に見極める必要があります。
・「ファントムマール」:「クリプティックマール」や「ヒドゥンマール」の別名として使われることがあります。「ゴーストマール」も「クリプティックマール」の別名として使われることがありますが、両方とも専門用語や一般的な毛色名として使われることはほぼありません。日本語で言う「隠れマール」のように一見マールに見えないがマールの遺伝子を持つ場合の毛色を指すと考えてよいと思います。また、プードルやプードルハイブリッドの個体においてタンポイントを持つ毛色を「ファントム」と呼ぶことがあるため、ブルーマール&タンやレッドマール&タンなどの毛色は「ファントムマール」と呼ばれます。そのため、混同しないように注意が必要です。
・「ダップル」:ダックスフンドにおいてのみ使われる、「マール」と同じ意味の毛色で、JKCなどの登録も「マール」ではなく「ダップル」となります。
・「ダブルマール」または「マールホワイト」:M/Mの遺伝子を持つ犬の毛色でフェオメラニンも希釈されたり、身体の大部分が白くなったりする。難聴、小眼球症、内臓の疾患など重大な障害を引き起こすため、「リーサルホワイト」と呼ばれることもありますがマール遺伝子は致死遺伝子ではない(半致死遺伝子と呼ばれる)ためこの名称は適切ではないです。
■毛色の名前と写真
・クリプティックマール
・アティピカルマール
・クラシックマール
・ハーレクイン(ハーディングハーレクイン)
・ツイード
・ヒドゥンマール
・ダブルマール
■まとめ
ユニークな模様を作り出すマール遺伝子とその毛色の名前について紹介しました。日本ではクラシックマールが最も有名で数も多いですが、クリプティックマールやアティピカルマールの犬も存在し、繁殖において意図せずダブルマールの子犬が産まれたという例も聞いたことがあります。クリプティックマールやアティピカルマールは見た目では分からないことが多く、血統書にも間違って記載されていることもあるそうです。日本でもマールの繁殖には細心の注意を払うだけでなく、毛色の遺伝子検査が普及すると良いですね。