マール遺伝子は難聴や小眼球症などと関係があると言われてきました。特にダブルマールの個体の場合、難聴の確率が高まったり、目がとても小さく盲目だったりすると言われ、繁殖が避けられています。それらの確率や内訳を紹介します。
注)この記事はマール遺伝子を持つ犬の安易な繁殖を推奨するものではありません。
■マール遺伝子と難聴の関係
多くの人はダブルマールの犬は、色が白くなり難聴などの障害が出る可能性が高いと考えています。そのため、シングルマールの犬を繁殖させるためにはノーマルの犬を相手に選ぶことが常識とされます。この場合、通常シングルマールとノーマルの子犬しか生まれないのです。
しかし、インターネット上でしばしば見かける意見として、シングルマールも難聴などの障害の可能性があるというものがあります。中には、シングルマール、ダブルマールともに高い確率(それぞれ36.8%、54.6%)で聴覚障害が発生するという研究(①)もあります。
その一方で、いくつかの研究においてはもっと割合は低く、ある研究(②)ではシングルマールの犬では両側性、片側性を合わせて約束通り3.5%、ダブルマールの犬ですら両側性、片側性を合わせて約25%に留まりました。
■研究ごとの割合の違い
例として①と②の研究を比較します。
最初に述べた①の高い確率で障害が発生するという研究は、1977年にドイツでダックスフンド38頭(ノーマル8頭、シングルマール19頭、ダブルマール11頭)に対して行われた研究です。
②の研究は2009年にアメリカで様々な犬種153頭に対して行われた研究です。
これらの割合の違いは何なのでしょうか。
もちろん、犬種という違いはあります。例えば②の研究では犬種によって難聴の割合が違いました。カタフーラ・レパード・ドッグにおいては他の犬種よりも難聴の割合が低い傾向にあったそうです。①の研究ではダックスフンドのみを扱い、②の研究ではマールのダックスフンドは4頭しかいませんでした。
また、母集団の数の違いもあります。①の研究における38頭はかなり少ないと考えられます。
しかし、②の論文にも書いてあるのですが、この2つのデータの違いは「何を聴覚障害とするか」です。①の研究では、20dB(木の葉の擦れ合う音など)を閾値としました。そのため、かなり多くの個体が聴覚障害であるとされたのです。しかし、マールでない犬はこのときの実験ではこの基準でも聴覚障害となった個体はいなかったようなので、日常生活において支障がない(人間の会話(約60dB)や犬の鳴き声(約90dB)、車の音(約60dB)などが聞こえる程度)と思われるレベルのものも聴覚障害に入れるこの基準も倫理的な面から考えると間違ってはいないと思います。一方、②の研究では閾値を設けず、部分難聴を考慮しませんでした。これは、色素に関係する難聴は、完全に耳が聞こえないか正常であるかのどちらかであると言われているためだそうです。(ソースは不明です。)マールによる難聴が本当に部分的に起こらないのなら、この基準の方が正しいと言えそうです。①の研究で、②の基準を当てはめると、シングルマールでは0%、ダブルマールでは9.1%が両側性難聴(閾値>90dB)で、片側性難聴の犬はいませんでした。このように、難聴(聴覚障害)の程度によって、含まれるかどうかが異なったため2つの研究には大きな割合の差が生まれたと考えられます。
これらの研究のどちらが正しいデータかを考えると、マール遺伝子のことのみについては②が正しいと思われます。
部分難聴が生じる原因としては、騒音性難聴や耳の炎症だと考えられています。①の研究で、25〜50dBの閾値の部分難聴だった犬の耳の数(片側性は1、両側性はそれぞれ1ずつカウント)は15で、その内オスの耳の数は3でした。これは、メスの方が出産時の犬舎でより高い騒音レベルに晒されたためと考えられています。
■まとめ
マール遺伝子によって難聴は高い確率で起こるとする研究は有名で、例えシングルマールであっても繁殖を避けた方がいいという意見も多くあります。しかし、実際はダルメシアンやホワイトのブル・テリアなどよりも色素による先天性の難聴の発生率は低く、部分難聴や他の原因で起こる難聴も含めたデータが数値だけ独り歩きしているようにも思えます。どんな毛色の犬でも繁殖の際には細心の注意が必要ですし、私はマール遺伝子を持つ犬の繁殖を誰でも行って良いと考えているわけではありません。しかし、もし飼っている犬や引き取ろうとしている犬がマールである場合でも、見た目だけでは分かりにくいですが、マール遺伝子による聴覚障害がある可能性は一般に知られているより低いという研究があることも多くの人が知るようになれば良いと思っています。
■参考文献
・①(本記事内での表記)
Audiometric findings in dachshunds (merle gene carriers)
https://europepmc.org/article/med/330141#abstract
この研究については無料公開されているサイトが見当たりませんでした。②の研究の参考文献として説明されていますので、そちらをご覧ください。
・②(本記事内での表記)
Prevalence of Deafness in Dogs Heterozygous or Homozygous for the Merle Allele
他にも様々な研究のデータなどが載っています。