日本でも近年頭数が増えており、まるでミニチュア版のボルゾイのようだと知名度が上がってきているシルケン・ウインド・ハウンドですが、本来コリーやシープドッグに多いと言われる多剤耐性遺伝子の変異がある、つまりMDR1欠損の個体がかなりいることが分かっています。
■MDR1欠損とは
MDR1欠損とは、イベルメクチンをはじめとするいくつかのフィラリア予防薬や鎮静剤、抗がん剤に含まれる成分に対して耐性を持つための遺伝子が変異していることを指します。
そもそもMDR1遺伝子は、腸、肺、腎臓、血液脳関門の毛細血管内皮細胞の細胞膜上に存在し、有害な化学物質などを細胞の外に追い出すP糖タンパク質を作るはたらきをしており、正常な遺伝子を持っていれば寄生虫のみに有効な薬剤には正しい量ならば影響を受けません。しかし、この遺伝子に変異が起きると血液脳関門から脳に薬剤の成分が入ってしまい、神経症状などを示すことがあります。
■MDR1欠損のある犬種
MDR1欠損は不完全優性遺伝であり、様々な研究があるため結果には幅があるものの遺伝子頻度は、以下の通りです。
スムース・コリー:58.5%
ラフ・コリー:48.3%
オーストラリアン・シェパード:35%
シェットランド・シープドッグ:30.3%
シルケン・ウインド・ハウンド:28.1%
ミニチュア・オーストラリアン・シェパード:26.1%
ロングヘアード・ウィペット:24.3%
ホワイト・スイス・シェパード・ドッグ:16.2%
ボーダー・コリー:0%
出典:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0034528816
オーストラリアン・シェパード:16.6%
ミニチュア・オーストラリアン・シェパード:25.9%
コリー:54.6%
イングリッシュ・シェパード:7.1%
ロングヘアード・ウィペット:41.6%
マクナブ:17.1%
オールド・イングリッシュ・シープドッグ:3.6%
シェットランド・シープドッグ:8.4%
シルケン・ウインド・ハウンド:17.9%
出典:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.0402374101
このようにサイトハウンドではロングヘアード・ウィペットとシルケン・ウインド・ハウンドのみに多く発生しています。
■ハーディングドッグとロングヘアード・ウィペット、シルケン・ウインド・ハウンドの関係
上記のように、コリーをはじめとするハーディングドッグに多くMDR1欠損が発生していることが分かります。では、ロングヘアード・ウィペットとシルケン・ウインド・ハウンドにMDR1欠損が多いのはなぜでしょうか。
それは、この2犬種が作出された過程に理由があると言われています。
ロングヘアード・ウィペットの計画的な繁殖が始まったのは1980年代のことで、アメリカのウィンドスプライト犬舎においてです。その際に長毛の遺伝子を入れるためにシェットランド・シープドッグが導入されたと言われます。元々ロングヘアード・ウィペットと呼ばれていましたが、現在は作出された犬舎にちなんで主にシルケン・ウィンドスプライトという名前で知られています。
そのシルケン・ウィンドスプライトをボルゾイと交配させ、ミニチュア版のボルゾイのような犬種(シルケン・ウィンドスプライトよりは大きい)が作出されました。それがシルケン・ウインド・ハウンドです。その見た目からボルゾイとウィペットは想像できますが、シェットランド・シープドッグが先祖に存在したことは分からないかもしれません。MDR1欠損はそれ自体が致死遺伝病でもなければ普段の生活に支障が出るものでもないので犬種の固定の際に知らず知らずのうちにMDR1欠損の遺伝子頻度が高まってしまったのかもしれません。
また、ロングヘアード・ウィペットの作出にシェットランド・シープドッグが関わったと言われる理由の一つはMDR1欠損とコリー眼異常がロングヘアード・ウィペットにおいて報告されたからだそうです。作出者のウォルター・ウィーラーはロングヘアード・ウィペットを純血種のウィペットで長毛の劣性遺伝子が発現したものだと主張しており、それまでロングヘアード・ウィペットはAKCにウィペットとして登録されていましたが、遺伝子検査によって純血種ではないことが分かり登録を削除されたそうです。(ウォルター・ウィーラーの犬舎ではシェットランド・シープドッグやボルゾイも飼育していたそうです。)
■まとめ
MDR1欠損が多くのハーディング犬種に見られることは、それぞれの犬種が作出された過程を表していると考えられます。
もちろんある犬種グループにみられる遺伝病というのは少なくありませんが、MDR1欠損は単一遺伝子の変異によるものであり、致死遺伝病でもないため、淘汰されずに残っているものは珍しいと思います。
このように、遺伝子を解析することによって、ある犬種の歴史を知る手段となるため、これまで言われていた歴史と異なることもあり、いっそう犬種の起源について興味が深まると思います。